「極彩色肉筆絵巻 座敷牢」 Zashikiro

●あらすじ
 群馬県霧生市。霧生市は戦時中 空襲をまぬがれ、1980年代前半までは昔ながらの町並みを保ち、1970年代までは数々の因習や儀式が現存していた。 朝夕には霧が発生することから市制後「霧生」と記された。
 時は 1960年。霧生市に隣接する明日香村の巨大屋敷を舞台にこの物語は展開される。

 江戸後期〜明治時代、一人のいざりのからくり師が明日香村に住んでいた。名を「多賀谷笛穂(てきほ)」という。同時期には現 東芝の創始者になった からくり師が帝都で華々しく活躍しており、 多賀谷笛穂の名はその陰に埋没した。しかし笛穂は豪商の依頼で、巨額の財宝を隠すため、江戸後期から明治にかけ 巨大な からくり迷路を設計、 その迷路は明日香村の花屋敷の地下に現実に建造されていたことが、その後の数々の調査で明らかになった。
 明日香村は、関西に大和朝廷があった頃、 朝廷と東北地方の中間を結ぶ交通路として重要な役割を果たしていた。そのため当時の中央の文化がいち早く伝えられ、技芸職人にとっては格好の実験地でもあった。
 いざりだった笛穂は「動くもの、美しいもの」への憧れから、淡路島に伝わる「道具返し(本作では「千畳敷百段返し」とも呼称)」という仕掛けからくりを利用して、 巨大にして美しく恐ろしい錯視型の迷宮を作りあげた。この迷宮の果てにある奥座敷に豪商の財宝は隠された。
 その地下迷路を通りぬけるには「漢字」による「暗号」通りに進まねばならない。その暗号こそ中国から日本に伝来した歴史上初の漢字による古代複合詩 「千字文 (せんじもん)」を利用したものであった。

 笛穂や豪商の死後も、この財宝を巡り、様々な資産家や権力者が屋敷を買い争い、彼らは専門家を雇って地下の迷路や財宝を調査した。しかし誰もこの からくりを見つけることすらできなかった。

 少年・左吉は、単眼症に生まれたため、明日香村内では村八分にされ、連日 村人や同年代の子供による激しい差別や暴力に遭い苦しんでいた。
 ある日 左吉は、巨大屋敷の半地下の牢屋に幽閉された女性 玲子の存在を知る。玲子は現在で言う難治性疾患(潰瘍性皮膚炎)を持ち、それがコンプレックスになっていた。 玲子を拉致・監禁し、玩具のようにもてあそんでいたのは、屋敷の購入に成功した霧生の権力者・森田龍之介であった。
 左吉は玲子の惨状をみかねて、小柄な身体を利用して 森田の部屋から牢の鍵を盗み出し、玲子を座敷牢から脱出させることに成功した。それを知った森田は、日本刀を片手に二人を追いかけてきた。 必死で逃げる玲子と左吉は、いつの間にか謎の地下迷路の中に入り込んでいた。

 母子家庭の左吉は 母親の呪縛と精神支配、狂信的な愛情の元で育ち、同じく玲子も 母子家庭の中、母親の暴力や虐待の中で育った過去があった。
 左吉と玲子は、数々の逆境に負けず、互いに手を取り合い、蝋燭の灯りと千字文の拓本だけを頼りに 暗号を解読、迷路の夜行に挑んだ。
 二人の目的は財宝ではなく、自由への脱出であった。
(1992年に書かれた脚本「座敷牢」より)




●解 説
 この作品は、謎と怪奇に満ちた巨大からくり・地下錯視迷宮を題材に、複数の実話と作者自身の体験をもとに描かれる創作である。

 全編、蝋燭の火で炙り出されたような暗く孤独な流血絵巻。寂しい祭の夜の暗闇に浮かび上がる 孤独な発狂 千代紙奇譚 。
 日本独特の不思議で複雑な上下構造を持つ巨大屋敷を舞台に繰り広げられる謎と怪奇、錯覚空間 夢幻の旅。絶望の回り灯籠、怨念の江戸写し絵。

 数々の仕掛けを張り巡らせた巨大な地下迷路の奥で待ち構えていた、世にも恐ろしい血みどろの地獄絵図とは…?

 謎の巨大屋敷、奥座敷、迷路、暗号、猟奇殺人、暴力、密室私刑、死神、誘拐、惨殺、監禁、人体切断、凌辱、桎梏、肉切包丁、開かずの間、縛られた花嫁人形、蒸発、仕掛け推理、 失踪、村八分、苛め、封建社会、男尊女卑・弱肉強食思想、見世物、地獄極楽秘宝館、迷子の小路、空中を飛行する紙芝居師、回転する宇宙、夕闇の駄菓子屋、悲しい花火、寺社祭礼洪水、 狂気映像、色彩地獄、色セロファン、立ち絵、桜吹雪、色紙吹雪、 巨大幻灯機、巨大観音、謎のサーカス団、天狗の怪人、セミドキュメンタリー、長時間の背景動画、長時間の抽象映像、煤煙工場、巨大開発、公害、戦争への足音。
 情報宣伝を最小限に抑えた秘密儀式上映、歌舞伎的テグスを利用したアナログ同期映写、暗闇の中でのみ成立する幻燈投影、突然の「座敷牢」上映中断ハプニング…。
 膨大なキーワードが、秘密の多重構造と極彩色のパノラマ手法で一斉に観客に迫る。

 舞台となるのは、一見、美しい自然に満ち、優しい人々が住むかのように見える地域だが、裏ではひたすら弱者だけを威圧・中傷する日本の古い風土が存在していた。
 健常者・障がい者・老若男女問わず、暴力や虐め、差別、誹謗中傷が 当たり前 だった昔の日本で、 様々な障がいを持ち、周囲からどんな暴力や差別を受け 踏みつけられても、二人の主人公は生き抜くことを選んだ。 玲子と左吉はこれ以上ない残酷な暴力と差別を受けながらも決して死ぬ事は考えず、恐ろしい主人と対峙し、過酷な逆境を跳ね返そうと頑張った。

 多くの人が眉をひそめるであろう この無残で陰惨な地獄絵巻は、日本の片隅で恨み、悔い、苦しむ人々への秘密の暗号によるメッセージであり、地下手法による解放のための実験である。
 この上ない残酷と絶望の映像を観たのち、現実社会では、実際にそのようなことを起こしてはならないと想っていただければ幸いである。
 そして、この先、様々な問題や壁に突き当たって苦悩する時、二人の主人公の事を思い出してほしい。

 






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